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「家族」を考える

北国札幌にとって、一年中で一番暮らしやすい季節になりました。大地から人々に与えられる豊かな収穫物、海から与えられる季節を知らせる魚貝、まさに豊穣の秋の到来です。

子どもの頃から、私の一番大好きな季節でした。絵を描くのが好きになったのもこの季節でした。

この季節は、多感な幼児期のお子さまの感性に自然の変化が必ず大きい力で影響を与えてくれます。お子さま達の描く色づかいも一段と色調に深みが出てくるのもこの時季です。

ご家庭では、この恵まれた季節に、ご家族でピクニックやドライブなどにお出かけのことでしょう。

今月は「家族」について少し考えてみることにします。

今のお父さまやお母さま方が幼小時代、日本の経済が高度に成長し、「バブル」(泡)と呼ばれた頃、日本には「家族」が居ても「家庭」が無い、と称された時代がありました。「家庭」については、機会を改めて考えたいと思いますが、今回は「家族」ついて述べさせていただきます。

少し理屈っぽいところから話を進めさせていただきますが、皆さんご承知のようにわが日本は今から66年前の昭和20年(1945)8月15日に第2次世界大戦の対戦連合国アメリカ・イギリス・中国・ソ連(ロシア)などにポツダム宣言を受け入れて「無条件降伏」しました。これらの連合国は、「日本が二度と軍国主義による好戦国家にならないように戦争の放棄と民主主義国家への大転換を図る」ために、国の基本法の「憲法」を全く新しくつくり代えました。この折、今までの明治憲法に沿うように明治民法にあった「家制度」も撤廃され、それに伴う国民の権利や義務も大きく変ることになりました。「家族の定義」をはじめ、「家制度」の中でうたわれていた細部について、どう変えるべきか新憲法公布の1946年11月3日までにまとまらず、「日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律」をつくって、応急措置だったために「家族」とは何かが明記されることなく今日まで65年が経ってしまいました。これから先も「家族の定義」が日本の民法に取り入れられることは極めて難しい、と思います。

明治民法では、「戸主の親族にしてその家に在るもの及びその配偶者は之を家族とす。」と定義されていました。

今の日本社会では、この規定を何となく頭の中で準用しているのでしょうが、何か社会的な大事件があると、「家族の絆」とかとりあげられますが、「絆」をいわれる一方で家族の「もつれ」も日常茶飯事です。

私は、人間の一生をトータルに眺めてみて、「家族は夫婦に始まり、夫婦に終る」ような気がしております。どうぞ、ご夫婦仲良くお互い労り合ってお幸せに!!

2011年10月05日